Castle record

高梨氏館

(たかなししやかた)別称:高梨城・高梨小館・中野小館・中野御館・中野城

Castle information

高梨氏館の基本情報

訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

所在地
長野県中野市字小館
史跡指定
指定情報の記載なし
現在の状態
高梨館跡公園として整備
主な遺構
土塁・空堀・虎口
主な見どころ
高梨氏館跡の碑/館の出入口(虎口)/空堀に架かる模擬木橋
訪城写真
13枚掲載
高梨氏館跡の碑
高梨氏館跡の碑

城の歴史

平安時代末期に始まる頼季流信濃源氏の有力武士団である高梨氏の居館であった。
戦国初期、中野氏を滅ぼした高梨政盛がこの地に居館を建て始め、孫である政頼の代に完成したといわれる。
永禄2年(1559年)3月、北信濃に勢力を伸ばす甲斐武田氏の海津城代・春日虎綱(高坂昌信)の攻撃により高梨館は陥落、根拠地を追われた政頼は飯山城に後退を余儀なくされ、以後の高梨氏は独立国人領主としての力を失い、越後の上杉謙信を頼らざるおえなくなった。
天正10年(1582年)武田氏の滅亡、本能寺の変を経て天正壬午の乱が勃発すると、北信濃は上杉氏の支配下となり、政頼の子・高梨頼親は旧領中野郷を回復したが、慶長3年(1598年)上杉景勝の会津移封に同行したため、高梨館は廃された。

高梨氏館跡の碑
高梨氏館跡の碑
館の出入口(虎口)
館の出入口(虎口)
空堀に架かる模擬木橋
空堀に架かる模擬木橋
空堀と土塁
空堀と土塁
空堀と土塁
空堀と土塁
館内の庭園跡
館内の庭園跡
館内の建物跡
館内の建物跡
土塁上から見た空堀
土塁上から見た空堀
館内から見た土塁
館内から見た土塁
虎口
虎口
木橋から見た空堀
木橋から見た空堀
土塁と空堀
土塁と空堀
館内から見た虎口の土塁
館内から見た虎口の土塁