Castle record

岩殿山城

(いわどのやまじょう)別称:岩殿城

Castle information

岩殿山城の基本情報

訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

所在地
山梨県大月市賑岡町強瀬
史跡指定
指定情報の記載なし
現在の状態
岩殿城址として整備
主な遺構
現地写真を参照
主な見どころ
模擬天守から見上げる鏡岩/登城口の冠木門/現地縄張り図
訪城写真
11枚掲載
模擬天守から見上げる鏡岩
模擬天守から見上げる鏡岩

城の歴史

岩殿山は9世紀の末、天台宗の岩殿山円通寺として開創したと伝わる。
10世紀初頭には南東麓に観音堂や三重塔、新宮などの伽藍が配され、「岩殿権現」「七社権現(明神)」と呼ばれた。
13世紀に入ると天台系聖護院末の修験道の場として栄えている。
16世紀には大名の領国支配制が成立し、甲斐守護武田氏・郡内領主の小山田氏の支配を受けるようになり、岩殿山も武蔵・相模に備えるための戦略上の拠点として整備が進んだと考えられる。
天正10年(1582年)織田信長の甲州征伐では、岩殿山城の小山田信茂が織田方へ寝返ったため、岩殿山へ入城する予定であった武田勝頼は郡内に入れず天目山で自害、武田氏は滅亡した。
江戸幕府を成立させた徳川家康は、有事の際は甲斐への退去を想定していたため、岩殿山城は要塞としての機能を保っていたが、江戸幕府の支配体制が確立された17世紀初頭に廃城となった。

模擬天守から見上げる鏡岩
模擬天守から見上げる鏡岩
登城口の冠木門
登城口の冠木門
現地縄張り図
現地縄張り図
登城道にある丸山公園の模擬門
登城道にある丸山公園の模擬門
丸山公園に建つ模擬天守
丸山公園に建つ模擬天守
揚城戸跡
揚城戸跡
番所跡
番所跡
馬屋跡
馬屋跡
兵舎跡
兵舎跡
馬場跡
馬場跡
烽火台
烽火台