城の歴史
享禄3年(1530年)甲斐国統一を進める武田信虎と甲斐の有力国人を後援する信濃諏訪氏との合戦が行われ、武田方の重要な軍事拠点として笹尾砦が築かれた。
享禄4年(1531年)信濃諏訪氏に攻略されたが、天文元年(1532年)9月、武田氏が甲斐統一を果たした事により笹尾砦も再び武田の領有となった。
武田信玄統治時代には烽火台として使用され、家臣が居住していたも伝わる。
天正10年(1582年)武田家の遺領を巡っておきた徳川氏と後北条氏の争乱(天正壬午の乱)の際、北条氏直は若神子城を本陣としていたが、この時、笹尾砦も後北条方の陣城として使用されていたという。
その後、徳川家と後北条家の和議が成立し、笹尾砦は廃城となった。














