Castle record

宇都宮城

(うつのみやじょう)別称:亀ヶ丘城

Castle information

宇都宮城の基本情報

訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

所在地
栃木県宇都宮市本丸町
史跡指定
指定情報の記載なし
現在の状態
宇都宮城址公園として整備
主な遺構
土塁・水堀・石垣・土橋
主な見どころ
復元された櫓、清明台/水堀と高土塁/櫓下の張り出した高土塁と水堀
訪城写真
13枚掲載
復元された櫓、清明台
復元された櫓、清明台

城の歴史

康平6年(1063年)河内源氏・源頼義の奥州安倍氏討伐での功により、下野国の守護・別当職となった宇都宮氏の祖・藤原宗円が築城したと伝わる。
以来、安土桃山時代まで530年に亘り、宇都宮城は宇都宮氏の居城となった。
慶長2年(1597年)22代当主・宇都宮国綱は豊臣秀吉によって改易処分となり、娘婿の宇喜多秀家預かりとなった。
慶長3年(1598年)蒲生秀行が宇都宮城に入り、宇都宮城下の商業整備を進めた。
慶長6年(1601年)奥平家昌が10万石で入封、元和5年(1619年)嫡男・忠昌の代に下総古河藩へ移封となると徳川家康の懐刀と謳われた本多正純が15万5千石で入封した。
正純は城郭及び城下の大改修に着手したが、この大規模な改修工事を謀反の兆候と疑われ、元和8年(1622年)には改易となった。
その後は奥平氏、奥平松平氏、本多氏、奥平氏、阿部氏、戸田氏、深溝松平氏と城主が相次いで代わり、慶応4年(1868年)宇都宮藩戸田家13代・戸田忠友の時に戊辰戦争が勃発、土方歳三率いる旧幕府軍との戦いで城は焼失し廃城となった。

復元された櫓、清明台
復元された櫓、清明台
水堀と高土塁
水堀と高土塁
櫓下の張り出した高土塁と水堀
櫓下の張り出した高土塁と水堀
主郭土塁と富士見櫓
主郭土塁と富士見櫓
主郭土塁と清明台
主郭土塁と清明台
主郭土塁
主郭土塁
主郭土塁
主郭土塁
清明館脇の模擬堀
清明館脇の模擬堀
二郭と三郭間の土橋石垣
二郭と三郭間の土橋石垣
土塁上から見た富士見櫓
土塁上から見た富士見櫓
郭内から見た土塁
郭内から見た土塁
主郭全景
主郭全景
清明台と土塁
清明台と土塁