城の歴史
康平6年(1063年)河内源氏・源頼義の奥州安倍氏討伐での功により、下野国の守護・別当職となった宇都宮氏の祖・藤原宗円が築城したと伝わる。
以来、安土桃山時代まで530年に亘り、宇都宮城は宇都宮氏の居城となった。
慶長2年(1597年)22代当主・宇都宮国綱は豊臣秀吉によって改易処分となり、娘婿の宇喜多秀家預かりとなった。
慶長3年(1598年)蒲生秀行が宇都宮城に入り、宇都宮城下の商業整備を進めた。
慶長6年(1601年)奥平家昌が10万石で入封、元和5年(1619年)嫡男・忠昌の代に下総古河藩へ移封となると徳川家康の懐刀と謳われた本多正純が15万5千石で入封した。
正純は城郭及び城下の大改修に着手したが、この大規模な改修工事を謀反の兆候と疑われ、元和8年(1622年)には改易となった。
その後は奥平氏、奥平松平氏、本多氏、奥平氏、阿部氏、戸田氏、深溝松平氏と城主が相次いで代わり、慶応4年(1868年)宇都宮藩戸田家13代・戸田忠友の時に戊辰戦争が勃発、土方歳三率いる旧幕府軍との戦いで城は焼失し廃城となった。
















