城の歴史
鎌倉時代後期の永仁年間(1293年~1298年)頃、宇都宮氏第七代当主・宇都宮景綱の家臣・芳賀高俊によって築かれた。
芳賀氏は上野国・越後国の守護代に任じられるなど隆盛したが、戦国時代になると内紛や有力大名の覇権争いに巻き込まれた。
弘治3年(1557年)には宇都宮氏や芳賀氏を支援した常陸国の佐竹義昭による宇都宮城奪回作戦(その時期の宇都宮城は壬生城主・壬生綱雄が占領していた)の最前線基地となった。
天正18年(1590年)関東に台頭していた後北条氏を滅亡させた豊臣秀吉は宇都宮城に入城し関東の支配体制を決定する宇都宮仕置を行い、城割りの対象となった飛山城は破却され廃城となった。
















