城の歴史
健治元年(1249年)宇都宮氏一族の横田越中守頼業により、宇都宮氏勢力の南端を守る城として築城されたと伝わる。
康暦2年(1380年)宇都宮氏と小山氏が争い、裳原の合戦において上三川城主・横田師綱と嫡男・綱業が負傷、政務を執り行う事が困難となると、今泉郷に住んでいた綱業の弟・今泉元朝が城主となった。
慶長2年(1597年)宇都宮氏22代当主・宇都宮国綱の後継問題が勃発、豊臣家五奉行・浅野長政の三男・長重を後継者として迎えようとした上三川城主・今泉高光は、これに反対する国綱の弟で真岡城主・芳賀高武の夜襲を受けて上三川は落城、城主・高光は今泉家の菩提寺である長泉寺に逃込み自刃した。
宇都宮氏も改易となり、348年間続いた上三川城は廃城となった。












