城の歴史
永正年間(1504年~1520年)遠江今川氏4代当主・今川貞相が築城した曳馬城が発祥と伝わる。
元亀元年(1570年)武田信玄の侵攻に備えた徳川家康は、三河国岡崎から遠江国曳馬へ本拠地を移すと曳馬城を西南方向に拡張・整備し地名・城名を浜松と改めた。
天正14年(1586年)家康は本拠を浜松から駿府に移し、浜松城代として菅沼定政を配した。
天正18年(1590年)徳川家康の関東移封に伴い、豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が遠江浜松12万石を与えられ浜松城に入城、慶長4年(1599年)吉晴が隠居したため遠江浜松12万石を相続した次男・堀尾忠氏が在城した。
慶長5年(1600年)堀尾氏は関ヶ原合戦で東軍に与し、戦後、出雲国松江24万石に加増移封となったため、桜井松平家の松平忠頼が入城した。
後は、徳川頼宣の附家老・水野重央が在城した時期を除き、徳川家譜代大名が在城した。
明治4年(1871年)明治新政府により破却され廃城となった。










