城の歴史
天文14年(1545年)扇谷上杉朝定は北条氏に奪われた河越城を奪還すべく山内上杉憲政・古河公方足利晴氏と同盟し古河公方・関東管領の威光により周辺武士を糾合すると大軍をもって北条綱成の守備する河越城を包囲した。
その際、山内上杉憲政は城山砦を築いて陣を敷いた。
天文15年(1546年)4月、河越城の後詰にかけつけた北条氏康の夜襲により包囲軍は大混乱に陥ると扇谷上杉朝定が討取られるなど大敗を喫し、攻勢に転じた北条方によって攻められた城山砦も落城した。
(しろやまとりで)別称:上杉砦・上杉城・柏原城
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

天文14年(1545年)扇谷上杉朝定は北条氏に奪われた河越城を奪還すべく山内上杉憲政・古河公方足利晴氏と同盟し古河公方・関東管領の威光により周辺武士を糾合すると大軍をもって北条綱成の守備する河越城を包囲した。
その際、山内上杉憲政は城山砦を築いて陣を敷いた。
天文15年(1546年)4月、河越城の後詰にかけつけた北条氏康の夜襲により包囲軍は大混乱に陥ると扇谷上杉朝定が討取られるなど大敗を喫し、攻勢に転じた北条方によって攻められた城山砦も落城した。