城の歴史
築城時期は定かではないが、信太伊勢守範宗により築かれたとされている。
天文23年(1554年)8月15日、木田余城主・信太範宗は土浦城主・菅谷勝貞に誘殺され、木田余城も菅谷氏に奪われると範宗の妻及び嫡子も自害し、城の一角に葬られたという。
木田余城には小田城を失っていた小田氏15代当主の小田氏治が在城した。
天正6年(1578年)佐竹氏18代当主・佐竹義重の再度の攻撃で落城し、義重によって城郭は破壊され廃城となった。
(きだまりじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城時期は定かではないが、信太伊勢守範宗により築かれたとされている。
天文23年(1554年)8月15日、木田余城主・信太範宗は土浦城主・菅谷勝貞に誘殺され、木田余城も菅谷氏に奪われると範宗の妻及び嫡子も自害し、城の一角に葬られたという。
木田余城には小田城を失っていた小田氏15代当主の小田氏治が在城した。
天正6年(1578年)佐竹氏18代当主・佐竹義重の再度の攻撃で落城し、義重によって城郭は破壊され廃城となった。