城の歴史
永禄年間(1558年~1570年)牛久城を拠点として常陸国河内郡を支配していた岡見氏によって築かれたと伝わる。
永禄9年(1566年)の「小田氏治味方地利覚書」には東林寺城主が岡見氏家臣の近藤治部であったと記述がある。
天正10年代の岡見氏本知行等覚書写には、城主が岡見治広と記されている。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐の際に北条氏と共に滅亡したため廃城となったと考えられる。
(とうりんじじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

永禄年間(1558年~1570年)牛久城を拠点として常陸国河内郡を支配していた岡見氏によって築かれたと伝わる。
永禄9年(1566年)の「小田氏治味方地利覚書」には東林寺城主が岡見氏家臣の近藤治部であったと記述がある。
天正10年代の岡見氏本知行等覚書写には、城主が岡見治広と記されている。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐の際に北条氏と共に滅亡したため廃城となったと考えられる。