Castle record

鴫山城

(しぎやまじょう)別称:南山城

Castle information

鴫山城の基本情報

訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

所在地
福島県南会津郡南会津町田島
史跡指定
指定情報の記載なし
現在の状態
鴫山城址として整備
主な遺構
土塁・空堀・水堀・石垣・虎口
主な見どころ
入城口には大河ドラマ「天地人」の旗が立つ/内城大手虎口の大門跡/大門跡の石垣上から見た堀
訪城写真
9枚掲載
入城口には大河ドラマ「天地人」の旗が立つ
入城口には大河ドラマ「天地人」の旗が立つ

城の歴史

南北朝から室町期に長沼氏の山城として築かれたと伝わる。
永正18年(1521年)長沼氏は会津黒川城主・蘆名氏と争い鴫山城を奪われ、16世紀半ばに蘆名氏に臣従する事となった。
天正17年(1589年)摺上原の戦いで伊達政宗によって蘆名氏が滅亡、鴫山城主・長沼盛秀は伊達氏に臣従し、伊達勢とともに河原田盛次が守る久川城を攻撃している。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の奥州仕置により長沼氏は伊達氏に従って鴫山を退去、鴫山城には蒲生氏郷家臣・小倉行春が入城した。
その後、上杉氏が会津領主となると鴫山城には上杉景勝の執政・直江兼続の弟・大国実頼が城代として入城したが、関ヶ原合戦後に蒲生秀行が会津領主となると、再び小倉行春が城代となった。
寛永4年(1627年)加藤嘉明が会津領主となった際に廃城となった。

入城口には大河ドラマ「天地人」の旗が立つ
入城口には大河ドラマ「天地人」の旗が立つ
内城大手虎口の大門跡
内城大手虎口の大門跡
大門跡の石垣上から見た堀
大門跡の石垣上から見た堀
御平庭から見た大門跡の石垣
御平庭から見た大門跡の石垣
御平庭の石組井戸
御平庭の石組井戸
大手大門の水堀と土塁
大手大門の水堀と土塁
大手大門の空堀と土塁
大手大門の空堀と土塁
御平庭、後方には土塁が残る
御平庭、後方には土塁が残る
下方から土塁を見る
下方から土塁を見る