城の歴史
天正4年(1576年)那須七騎筆頭格の大関高増が築城し白旗城より居城を移して以降、明治維新に至るまでの300年近く大関氏の本拠となった。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐で、主君・那須資晴は遅参し改易となったが、大関氏はいち早く参陣し所領を安堵された。
慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦で大関氏は東軍に与し、戦後、徳川家康から加増されて1万8000石の大名となった。
明治4年(1871年)の廃藩置県により黒羽城は廃城となった。
(くろばねじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

天正4年(1576年)那須七騎筆頭格の大関高増が築城し白旗城より居城を移して以降、明治維新に至るまでの300年近く大関氏の本拠となった。
天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐で、主君・那須資晴は遅参し改易となったが、大関氏はいち早く参陣し所領を安堵された。
慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦で大関氏は東軍に与し、戦後、徳川家康から加増されて1万8000石の大名となった。
明治4年(1871年)の廃藩置県により黒羽城は廃城となった。




















