城の歴史
築城者は不明だが南北朝時代には築かれていたと考えられている。
天文年間(1532~1555年)春日城主・伊那部重成の次男・重国が千五百石で入城すると殿島氏を称した。
弘治2年(1556年)殿島城主・殿島重国は兄で春日城主・伊那部重親とともに武田信玄に背くが捕らえられて斬首となったため、殿島城は武田氏の持城となり、以降は高遠城の支城となった。
天正10年(1582年)織田信長による武田討伐が開始されると、本城・高遠城の落城とともに、支城であった殿島城も陥落し廃城となった。
(とのしまじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城者は不明だが南北朝時代には築かれていたと考えられている。
天文年間(1532~1555年)春日城主・伊那部重成の次男・重国が千五百石で入城すると殿島氏を称した。
弘治2年(1556年)殿島城主・殿島重国は兄で春日城主・伊那部重親とともに武田信玄に背くが捕らえられて斬首となったため、殿島城は武田氏の持城となり、以降は高遠城の支城となった。
天正10年(1582年)織田信長による武田討伐が開始されると、本城・高遠城の落城とともに、支城であった殿島城も陥落し廃城となった。