Castle record

桑原城

(くわばらじょう)別称:高鳥屋城・水晶城

Castle information

桑原城の基本情報

訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

所在地
長野県諏訪市四賀
史跡指定
指定情報の記載なし
現在の状態
桑原城址として整備
主な遺構
土塁・空堀・堀切・曲輪
主な見どころ
城址遠景/登城口の堀切/東曲輪
訪城写真
11枚掲載
城址遠景
城址遠景

城の歴史

築城年など詳細は不明。
諏訪総領家の本拠・上原城の支城として機能していた。
天文11年(1542年)6月、武田晴信(信玄)は、諏訪惣領家に不満を抱く諏訪庶家の高遠頼継、諏訪下社の金刺氏らを調略により味方に付けると大軍を率いて上諏訪に侵攻した。
7月、兵力に劣る諏訪頼重は本拠・上原城を焼き払い、峰続きの桑原城に後退し籠城した。
一度は武田軍の撃退に成功し、武田軍は包囲を解いて後退したため、検分に出た頼重を目にした家臣や城兵は、頼重が落延びたと勘違いし、その多数が逃亡を始めた。
諏訪一門とわずかな城兵となった頼重は、晴信の妹婿である縁を利用して晴信に和睦を申し入れ降伏、弟の大祝諏訪頼高と甲斐府中に連行された。
和睦の条件で頼重の生命は保障されていたが、晴信は約束を反故にして頼重・頼高の両名を東光寺で切腹させた。
諏訪氏は滅亡し、桑原城は上原城とともに武田氏に接収され、廃城となったと考えられる。

城址遠景
城址遠景
登城口の堀切
登城口の堀切
東曲輪
東曲輪
東曲輪にある首塚
東曲輪にある首塚
東曲輪から続く堀底道
東曲輪から続く堀底道
主郭と二郭間の大空堀
主郭と二郭間の大空堀
二郭からの眺望
二郭からの眺望
二郭から主郭を望む
二郭から主郭を望む
主郭から見た空堀と二郭
主郭から見た空堀と二郭
主郭
主郭
主郭の土塁
主郭の土塁