城の歴史
文久2年(1862年)三河国と信濃国に領地を有した三河奥殿藩主・松平乗謨(大給恒)は、拠点を信州田野口に移す事を決める。
開明派だった松平乗謨は、洋式設計の築城を幕府に申請し許可を得て、元治元年(1864年)に築城を開始したが、完成前に明治維新を迎え、明治4年(1871年)に明治政府が全国の城郭の破却を命じ廃城となった。
(たつおかじょう)別称:龍岡五稜郭・桔梗城
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

文久2年(1862年)三河国と信濃国に領地を有した三河奥殿藩主・松平乗謨(大給恒)は、拠点を信州田野口に移す事を決める。
開明派だった松平乗謨は、洋式設計の築城を幕府に申請し許可を得て、元治元年(1864年)に築城を開始したが、完成前に明治維新を迎え、明治4年(1871年)に明治政府が全国の城郭の破却を命じ廃城となった。










