城の歴史
天文4年(1535年)羽州探題で最上氏の祖・斯波兼頼の子孫・武衛義忠が天神森に築いた平山城が上山城の発祥で月岡城とも称された。
その後、上山城主には武衛氏三代、里見氏、元和8年(1622年)最上家改易後、能見松平氏、蒲生氏等を経て土岐氏二代が領した17世紀の後期には城郭として最も整備され、白壁の城壁を巡らし、後景には四季折々の緑や紅葉に映えた上山城は小藩(二万五千石)ながら奥羽の名城と称されていたと伝えられている。
しかし、元禄5年(1692)土岐氏が転封直後、幕命により跡形もなく破却され、以来、上山藩は金森氏、藤井松平氏(三万石)10代の治領下で170年余年間、代々城の再建が宿願であったが、明治維新まで一部を修復するに止まり、再築される事はなかった。












