城の歴史
築城時期など詳細不明。
昭和33年(1958年)学習院大学による発掘調査が行われ、鎌倉末期の陶器・曲げ物等が出土している事から、築城時期は鎌倉時代と推測される。
伝承では、武蔵七党野与党の鬼窪尾張守繁政の居館といわれている。
正平7年(1352年)三月に足利尊氏が弟・直義追討のため関東へ下向した際の高麗彦四郎経澄軍忠状に、鬼窪弾正左衛門尉・鬼窪左近将監の名が見えるが、江ヶ崎城の鬼窪氏とも関係があるという。
(えがさきじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城時期など詳細不明。
昭和33年(1958年)学習院大学による発掘調査が行われ、鎌倉末期の陶器・曲げ物等が出土している事から、築城時期は鎌倉時代と推測される。
伝承では、武蔵七党野与党の鬼窪尾張守繁政の居館といわれている。
正平7年(1352年)三月に足利尊氏が弟・直義追討のため関東へ下向した際の高麗彦四郎経澄軍忠状に、鬼窪弾正左衛門尉・鬼窪左近将監の名が見えるが、江ヶ崎城の鬼窪氏とも関係があるという。