城の歴史
築城年代など、詳細は不明。
天文5年(1536年)11月、武田信虎は八千の兵を率い佐久に侵攻、平賀玄信入道成頼ら二千の籠もる海ノ口城を攻撃するも城方の守りは堅く、冬の到来とともに信虎は兵を引き揚げた。
この戦が初陣であったとされる信虎の嫡男・武田晴信(のちの信玄)は殿軍を申し出ると、味方を無事に退陣させた後、油断した海ノ口城に兵三百を率いて奇襲を仕掛け海ノ口城を攻略、平賀玄信入道成頼を討ち取った。
その後は武田氏の信濃攻略の中継地、兵站基地となった。
(うんのくちじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城年代など、詳細は不明。
天文5年(1536年)11月、武田信虎は八千の兵を率い佐久に侵攻、平賀玄信入道成頼ら二千の籠もる海ノ口城を攻撃するも城方の守りは堅く、冬の到来とともに信虎は兵を引き揚げた。
この戦が初陣であったとされる信虎の嫡男・武田晴信(のちの信玄)は殿軍を申し出ると、味方を無事に退陣させた後、油断した海ノ口城に兵三百を率いて奇襲を仕掛け海ノ口城を攻略、平賀玄信入道成頼を討ち取った。
その後は武田氏の信濃攻略の中継地、兵站基地となった。