城の歴史
築城者など、詳細不明。
岩櫃城の鬼門にあった重要な支城だったと考えられる。
永禄6年(1563年)城主の山田氏は、信濃国小県郡の真田幸隆の攻撃によって岩櫃城を奪われ越後に落ち延びる主君・斎藤越前守を国境まで送った際に、嵩山城に拠る末子・城虎丸の事を託されている。
しかし、永禄8年(1565年)に嵩山城も落城し、斎藤氏の勢力は駆逐されたと伝わっており、この頃までには山田城も真田方によって落とされたと推察される。
(やまだじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城者など、詳細不明。
岩櫃城の鬼門にあった重要な支城だったと考えられる。
永禄6年(1563年)城主の山田氏は、信濃国小県郡の真田幸隆の攻撃によって岩櫃城を奪われ越後に落ち延びる主君・斎藤越前守を国境まで送った際に、嵩山城に拠る末子・城虎丸の事を託されている。
しかし、永禄8年(1565年)に嵩山城も落城し、斎藤氏の勢力は駆逐されたと伝わっており、この頃までには山田城も真田方によって落とされたと推察される。