城の歴史
築城年代など、詳細不明。
白井城主・長尾氏の重臣・神谷三河守の居城であったと伝わる。
天正10年(1582年)三河守は長盛山桂昌寺を現在地に再興し、篤く信仰したという。
また、桂昌寺は神谷氏の故居との説もある。
真壁城は八崎城の繋ぎの城として築城され、白井城の支城として長く越後上杉氏の配下にあったが、その後は武田氏・北条氏に属し、天正18年(1590年)白井城とともに落城し廃城となった。
(まかべじょう)
訪城時の記録をもとに、所在地・史跡情報・現地の見どころをまとめています。

築城年代など、詳細不明。
白井城主・長尾氏の重臣・神谷三河守の居城であったと伝わる。
天正10年(1582年)三河守は長盛山桂昌寺を現在地に再興し、篤く信仰したという。
また、桂昌寺は神谷氏の故居との説もある。
真壁城は八崎城の繋ぎの城として築城され、白井城の支城として長く越後上杉氏の配下にあったが、その後は武田氏・北条氏に属し、天正18年(1590年)白井城とともに落城し廃城となった。