城の歴史
築城年代など詳細不明。
成田氏の支族・別府行隆の嫡男・別府能幸が別府城の東郭に築いた居館と伝わる。
元久元年(1204年)西別府に居館を構える弟・西別府行助との領地争いを幕府が裁決し、各々の知行分を定めている。
天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐で、北条方に与する成田氏の配下であった11代当主・別府長清は、北条氏本拠・小田原城に篭る成田氏長に従い、次男・清勝と共に小田原に随行した。
長清の嫡男・顕清は成田氏本拠・忍城に入り、副将として下忍口を守備したが二十歳の若さで討死したという。
戦後、別府氏の所領は没収となり、別府氏が当地を去ると居館は廃された。






